民法改正~詐害行為取消権

詐害行為取消権とは,債務者が債権者を害することを知ってした行為(詐害行為)について,債権者がその取消等を裁判所に請求することができる制度です。
債権者が他人(債務者)がした行為の取消し等を裁判所に請求するという強力な制度にもかかわらず,改正前の民法にはわずか3条しか規定がなく,運用の多くは判例や解釈に委ねられていました。

また,平成16年に破産法改正により否認権に関する規定が改正され,否認権の成立範囲の明確化が図られましたが,これと詐害行為取消権との不整合が生じ,否認権の行使の方が要件が厳しくなるという逆転現象も生じていました。

そこで,関係当事者の利益調整とルールの明確化・合理化を図るため,破産法上の否認権行使要件とのアンバランスを解消するため,以下のように改正が行われ,規定が新設されました。

要件

取消しの対象

詐害行為取消権による取消しの対象を,「法律行為」から,弁済等を含む「行為」に改めました。

* 債権者は「債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消し」を裁判所に請求することができますが,「受益者(債務者の行為によって利益を受けた者)が債権者を害することを知らなかったときはこの限りではない」と定められていますので(民法424条),詐害行為取消権行使の要件として,債務者の詐害の意思受益者の悪意が必要となります。

*A(債権者) B(債務者)→C(受益者)
AがB→Cの行為の取消を請求するためには,Bの詐害の意思とCの悪意が必要です。

被保全債権の範囲及び種類(424条)

  • 改正前民法には規定がありませんでしたが,債権者の債権が,債務者の財産処分行為より前の原因に基づいて生じたものである場合に限り,債務者の行為を取り消せるものと定めました(424条第3項)。*たとえば,詐害行為前に成立していた委託保証契約に基づいて,詐害行為後に発生した事後求償権は被保全債権に該当することになります。
  • また,×強制施行により実現することのできない債権に基づいて詐害行為取消請求をすることはできないことも規定されました(同条第4項)。

相当対価処分,担保供与行為,債務消滅行為の要件の特例(424条の2~4)

平成16年改正の破産法における否認権の規定に整合性を図るかたちで,以下のように要件の特則が置かれました。

相当の対価を得てした財産の処分行為(424条の2)

相当の対価を得てした財産の処分行為というのは,たとえば不動産を売って売却代金を売るような換価処分行為などをいいます。
改正前,判例は,不動産等を消費・隠匿しやすい金銭に換えることは,相当な価格での処分であっても,売却の目的・動機が正当なものでない限り,詐害行為になるとしていました。
一方で破産法では,財産の相当な価格での処分について否認権行使の対象行為を限定していましたので(破産法161条1項),整合性を図るため民法もこれと要件をそろえ,次の1.~3.の要件に該当する場合に限り,詐害行為取消権の対象となるものとされました。

  1. 債務者の財産の種類が変更されることにより,債務者が隠匿等の債権者を害することになる処分をする怖れを現に生じさせるものであること
  2. 債務者行為の当時隠匿等の処分する意思を有していたこと
  3. 受益者行為の当時債務者が隠匿等の処分をする意思を有していたことを知っていたこと

偏頗行為:特定の債権者に対する担保供与行為・債務消滅行為(424条の3)

特定の債権者に対する,担保供与行為・対価的に均衡のとれた債務消滅行為は,次の1.2.のいずれにも該当する場合に限り,詐害行為取消権を行使することができます。

  1. その行為が債務者が支払不能の時に行われたもの
    or 債務者の義務に属せずもしくは債務者の義務に属しない時期である場合にその行為が支払不能前30日以内に行われたものであること
  2. その行為が債務者と受益者とが通謀して他の債権者を害する意図をもって行われたものであること

*弁済期到来前の弁済の場合,債務者が支払不能になっていなくても取り消せるということになります。

過大な代物弁済等(424条の4)

過大な代物弁済行為は,消滅した債務の額を超える部分に関して詐害行為取消権を行使できるものとされました。つまり,対価的均衡を欠く(債務に比して給付が過大な)債務消滅行為は,消滅した債務の額に相当する部分は,対価的均衡のとれた債務消滅行為と同様のルール(424条の3)で規律し(偏頗行為の①②の要件に当たる場合にのみ取消権行使できる),それを超える部分については原則的な詐害行為取消権のルール(424条)に従うものとされています。

* 債務者が給付した財産が一棟の建物のように不可分の場合は,債権者が価格の返還を求めることになります(424条の6第1項後段)。

転得者に対して詐害行為取消請求をするための要件の整備(424条の5)

*A(債権者) B(債務者)→C(受益者)→D(転得者)→E(転得者)

詐害行為の目的物を受益者から取得した者(転得者)に対して詐害行為取消権を行使するための要件については,

  1. 受益者に対して,詐害行為取消請求をすることができること
  2. 当該転得者が転得の当時債務者がした行為が債権者を害することを知っていたこと

が必要になります。

* 改正前は,受益者が善意でその者に詐害行為取消請求をすることができない場合でも,転得者が悪意であれば,転得者に対して詐害行為取消請求を認めていました。
 しかし,その後に転得者が善意の受益者に対して担保責任を追及すると取引の安全が害される結果となります。また,破産法の否認権は,一度善意者を経由すると,その後の転得者に対しては(たとえその転得者が悪意でも),否認権を行使することはできないとしています。
 そこで,改正では,受益者が善意でなく,受益者に対して詐害行為取消権を行使できる場合でなければ,転得者に対しても行使できないものとされました。

詐害行為取消権の相手方が上記Eのように,他の転得者(C)から転得した者である場合は,その転得者(E)及びその前に転得したすべての転得者(上記例ではCも)が,それぞれの転得の当時,債務者がした行為が債権者を害することを知っていたことが必要となります(424条の5第2号)。

行使方法等

債務者への返還請求権(424条の6)

改正により,これまでの判例に従って,債権者は,対象となる行為の取消しだけでなく,その行為によって移転した財産を債務者に返還するように請求することができ,その返還が困難な場合は,債務者にその価額の償還を請求できるとしています。

詐害行為取消の可能な範囲(424条の8)

債権者は,詐害行為取消権の対象となる行為の目的が可分であるときは,自己の債権の額の限度においてのみ,その行為の取消しを請求できます。

価格償還の場合に請求できるのは,被保全債権額の範囲内に限られます。

*債務者がした行為の目的が不可分の場合は,1個の行為全部を取り消すことができます。

債権者から相手方への直接の支払請求権等(424条の9)

また,債権者が受益者又は転得者に対して財産の返還を請求する場合に,その返還の請求が金銭の支払または動産の引渡しを求めるものであるときは,その支払い又は引渡しを,直接自己に対して行うよう求めることができます。

被告適格の明確化と訴訟告知(424条の7),認容判決が及ぶ者の範囲(425条)

改正前は,判例により,詐害行為取消請求を認容する確定判決の効力は,受益者又は転得者には及ぶものの債務者には及ばない(相対効)を前提に,詐害行為取消権の訴えの被告は受益者等とすべきであり,債務者を被告とする必要はないとされていました。
しかしこれだと関係者間の統一的な利害調整が困難になるとの批判がありました。
そこで改正法では,被告適格を有する者は受益者等としたうえで(424条の7第1項),確定判決の効力は被告となった者だけでなく債務者にも及ぶとするとともに(425条),債権者は,訴えを提起した時は遅滞なく,債務者に対し,訴訟告知をしなければならないとしています(424条の7第2項)。

受益者等の権利

  • 詐害行為取消権が行使された場合,受益者は債務者に交付した財産(反対給付)等の返還を求めることができます(425条の2)。<転得者については425条の4第1号>
  • 受益者等はその債務消滅行為によって消滅した債権を行使できます(425条の3)。<転得者については425条の4第2号>

期間の制限

詐害行為取消の訴えは,

債務者が債権者を害することを知って行為をしたことを,債権者が知った時から2年
もしくは
行為のときから10年

を経過すると,提起できなくなります(426条)。

改正法により,これまでの判例に従って2年の起算点を明確化し,長期の制限期間を(改正前の20年から)10年に短縮しました。また,期間制限は時効期間ではなく,出訴期間とされています。