相続と賃貸借契約(賃貸人に相続が発生した場合)

貸主の死亡と賃貸借契約の帰趨

賃貸人が死亡したとしても,民法上,賃貸借契約の終了事由には該当しません。

相続によって,相続人が賃貸人としての地位を承継することになります(民法896条本文)。

なお,不動産などの賃貸借が行われる際には,賃借人から賃貸人に対して「敷金」が差し入れられるケースがよくあります。この敷金返還債務についても,賃貸人の地位と同様に,相続の対象となります。

賃料の帰属

相続開始時までの間の未払賃料(滞納家賃)

賃借人が賃料を滞納している場合,相続開始時点での未払賃料債権は,金銭債権ですので,貸主の共同相続人はそれぞれの法定相続分に応じて分割承継します。

ただし,こう解すると,賃借人が共同相続人にそれぞれ分割して支払わなければならないことになり,賃借人が賃貸人の相続人とその所在を知り,弁済すべき額まで把握しなければならないことは現実的なのかという問題があります。賃借人としては,相続人を覚知しえない場合は供託をするとか,共同相続人の代表者に支払う方法が一般的です。

相続開始後に発生する賃料

相続開始後,遺産分割によって最終的に不動産の取得者が決まるまでの賃料は,誰に帰属することになるのでしょうか。

遺産分割による不動産の所有権の帰属は相続時にさかのぼります(民法896条本文,909条)。賃料を不動産の法定果実とみると,その不動産を相続時にさかのぼって取得することになった相続人に帰属することになりそうです。

しかし,最高裁は, 相続開始から遺産分割までの間に共同相続に係る不動産から生ずる金銭債権たる賃料債権は,各共同相続人がその相続分に応じて分割単独債権として確定的に取得し,その帰属は,後にされた遺産分割の影響を受けないとしています(最判平成17年9月8日)。

賃借人は,貸主の共同相続人にそれぞれ分割して支払わなければならないのかという問題はここでもあります。賃料債権を分割債権と解することには批判もあり,賃借人が,貸主の共同相続人の1人に全額支払いをした場合に,別の相続人からの(債務不履行)解除が認められなかった裁判例があります。

一般的には,相続開始後の賃料は,従前の相続人名義の口座あるいは新たに作成される代表相続人名義の口座に振り込まれることが多く,代表相続人名義の口座に振り込まれている場合は,他の相続人はそれぞれの相続分に応じた金員の返還を不当利得として請求できることになります。

遺産分割の際に金銭債権を遺産分割の対象に含めることに共同相続人間に異議がないときは,これを含めて遺産分割を行うことがあります。被相続人名義の口座に振り込まれると,預金債権として遺産分割の対象となることが通常です。
遺産分割後に生じた賃料債権は,不動産を相続することになった相続人の債権として生じます。

滞納賃料請求と契約の解除

賃貸物件に相続が生じ相続人が複数いる場合,遺産分割が成立していない段階で,借家人の賃料滞納を理由に契約を解除するときは,貸主の共同相続人全員で解除しなければならないのでしょうか。民法544条は,解除の不可分性を定めていることから問題となります。

民法544条1項:「当事者の一方が複数ある場合には,契約の解除は,その全員から又はその全員に対してのみ,することができる。」

この点について判例は,賃貸借契約解除は共有物管理の1つであるとして,民法252条本文にいう「共有物の管理に関する事項」に該当するから、右解除については民法544条1項の規定(解除権の不可分性の規定)は適用されないとしています(最判昭和39年2月25日)。したがって,各共有者の持分の価格に従いその過半数で決することになる,つまり,共同相続人の法定相続分の割合の過半数の意思表示で契約を解除できることになります。

賃借人の側に相続が発生した場合は,544条により,全員に対して解除の意思表示をしなければならないことになりますので,注意が必要です。