大家さんの心配~賃借人が高齢化

核家族化や地域コミュニティの希薄化に伴い,単身の高齢者世帯が増加しています。高齢の賃借人がおひとりでお住まいの場合,賃貸人としては今後が不安になることもあると思われます。今後の問題として,どのようなことが考えられるでしょうか。

賃借人が認知症・要介護に

賃借人の方の判断能力や身体能力が低下し,うまく生活ができなくなることが考えられます。
賃借人がたとえば認知症であるとか要介護状態であることを理由に,解除や更新拒絶はできませんが,これらに起因して賃料の不払い,用法遵守義務違反等がある場合は,そのことを理由に解除が可能となる場合があります。

契約の解除をする場合,解除の意思表示を受ける能力が相手にあるかどうかは問題となります。ないと考えられる場合は,成年後見人を裁判所に選任してもらい(民法843条)後見人との間で未払賃料請求や解除の意思表示をすべきことになります。ただし,成年後見人の申立権者は4親等内の親族なので,申立てには親族の協力が必要となります。

賃借人が死亡

契約は終了しないー相続人に引き継がれる

賃借人が死亡しても,賃貸借契約は当然には終了しません相続人に引き継がれることになります。
したがって,賃料の請求は相続人に対してすることになります。

賃借人死亡までの未払賃料

賃借人が死亡するまでの間に未払の賃料があった場合は,金銭債務法定相続分に従って分割され承継されますので,賃貸人は共同相続人の1人に対してはその者の法定相続分に応じた額のみ請求できます。

賃借人死亡後の賃料

賃借人死亡後の賃料債務はこれまでの判例で不可分債務とされており,不可分債務には連帯債務の規定が準用されますので,賃貸人は共同相続人の1人に対して賃料全額を請求することができます

契約を終了させたい場合

契約を終了させたい場合は,相続人との間で解除する必要があります。

賃借人が死亡し,相続人が賃借権を相続したときは,賃料債務の催告及びその不履行による契約解除の意思表示は,特段の事情のない限り共同賃借人全員にしなければならないとするのが判例です。

相続人がいない場合は?

相続人がいない場合のほか,相続人全員が相続放棄をした場合も含まれます。

この場合は,賃貸人から家庭裁判所に相続財産管理人選任の申立てを行い(民法952条1項),相続財産管理人として選任された者との間で賃貸借契約を合意解除したり,賃料不払い等があれば請求することになります。

ただ,相続財産管理人の選任申立では,予め裁判所にかなりの額の予納金を納める必要があることが一般的です(管理人の報酬や,管理費用等に充てられます)。亡くなった方にそれなりの財産がある場合は後に返還されることがありますが,ない場合はこれらの費用は結局申立人の負担ということになってしまうおそれがあります。

連帯保証人の責任の範囲

保証人は,債務者(賃借人)がその債務を履行しない時に,その債務を履行する責任を負う者をいいます。

その責任の範囲は,未払賃料のほか,遅延損害金,解除された場合の原状回復義務賃料相当損害金賃借物件の返還義務にまで及びます。

保証人は賃借人の依頼に基づいて保証人になるのが通常ですので,保証人の責任は,賃借人が死亡して相続が発生した場合の相続人の賃料債務にも及ぶのかが問題となりますが,賃借人の死亡は保証契約の終了事由とはならない(相続人の債務についても負う)とするのが判例です。

そうすると,連帯保証人に全部請求できるからいいではないかと思われるかもしれませんが,原状回復費用は部屋をきれいに戻す費用はすべて請求できるというわけではありませんので,注意が必要です。

今からできることは?

では,問題が起こる前に何かできることはないでしょうか。
死亡により賃貸借契約は終了という特約をつけておくことはできる?→不可

借地借家法には,賃貸人からの更新の拒絶,解約の申し入れは「正当な事由」がなければすることができず,これに反する借家人に不利な特約は無効と定められています(借地借家法28条・30条)。
「借家人が死亡したら賃貸借は終了する」という特約は相続人に承継されるべき賃貸借を正当な事由もなく終了させる借家人に不利なものと解され,このような特約は無効と考えられています。

「借主が死亡するまで」という定期借家契約を利用することはできる?→不可

定期借家は契約で定めた期間の満了により更新されることなく終了する建物の賃貸借ですが,「借家人が死亡するまで」「借主が結婚するまで」のように不確定な期限や条件では期間を定めたものとはいえません。この場合,定期借家の成立自体が否定されてしまうので,定期借家契約も使えないということになります。

*定期借家契約についてはこちら

相続人の把握

相続人調査は簡単ではありませんし,専門家に依頼するとそれなりの費用や時間がかかってしまう場合があります。
*連帯保証人は,未払いの賃料や原状回復義務等について支払義務がありますので,連帯保証人が一番利害関係があります。連帯保証人が親族や相続人であったり,そうでなくとも連帯保証人を通じて相続人が判明することも多いでしょう。

生前から,親族や相続人について,入居者の方とのお話を通じて情報を得ておくことが必要です。

孤独死発生を未然に防ごう

賃借していた部屋内がごみ屋敷状態になっていたり,お亡くなりになっていたことが一定期間発見されず居室内の汚損が進んでしまうと,原状回復費用もかさんでしまいます。相続が発生すると,上記に述べたように様々な問題が生じ,すんなりと次の入居者を探すことができませんし,失った機会やかけた費用を回収できないおそれがあります。
このような事態をなるべく防ぐために,近隣からの情報や苦情,賃料の滞納がないか,こまめにチェックして気を配っておくことが必要です。成年後見人の選任申立ては,親族に頼れない場合,市町村が対応してくれることがあります。賃借人が居住している自治体に相談してみるとよいでしょう。