改正前の実務の状況
国内の子の引渡しに関してはこれまで法律に明文の規定がなく,「動産」の引渡しに関する規定を類推適用することによって工夫をしながら対応してきたという実務状況にありました。
そのような中,国際的な子の連れ去りに関して,我が国が「ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)」を締結し,その実施のために,平成26年4月1日から「ハーグ条約実施法(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律)」が施行されました。
ハーグ条約実施法が施行されたことは,国内の子の引渡しの実務にも影響を与えました。国内の子の引渡しに関しては明文の規定がなかったため,国内での子の引渡しに関する規定の必要性が強く意識されるようになりました。また,それまでは,国内の子の引渡しは,保育園や学校において,債務者がいないところでの直接強制も実施されていましたが,ハーグ条約実施法で「同時存在の原則」が採用されていたため,事実上,執行官が債務者のいるところで子の直接強制の執行をする運用がなされ,そのため執行不能となる例が多くなったと言われています。
そこで,今回の民事執行法改正では国内での子の引渡しに関する規定を置くとともに,ハーグ条約実施法についても,上記のような不都合を回避するための法改正がなされることになりました。改正にかかる法律は令和2年4月1日から施行されています。
改正民事執行法における強制執行手続
子の引渡しの強制執行の方法
国内の子の引渡しに関して,民事執行法174条以下に,明文の規定が置かれました。
子の引渡しは,
Ⅰ 執行裁判所が決定により執行官に子の引渡しを実施させる方法(直接的な強制執行)
または
Ⅱ 間接強制による方法
のいずれにより行うこととされました(法174条第1項)。
直接的な強制執行手続の流れ
- 債権者から執行裁判所に対し,子の引渡しの強制執行の申立てを行う
- 執行裁判所が,要件充足を確認したうえで執行官に対し債務者による子の監護を解くために必要な行為をすべきことを命ずる旨の決定をする
- 執行官が,この決定に基づき,債権者の申立てにより,執行の場所に赴き,債務者による子の監護を解いて,その場所に出頭している債権者(もしくは代理人)に子を引き渡す
*従前,国内事案で子の引渡し決定を得た場合,直ちに執行官に対して執行申立てを行っていましたが,改正法施行後は執行裁判所に対して,子の引渡しの強制執行を申し立てることになります。
直接的な強制執行の申立要件
Ⅰ 直接的な強制執行の申立ては,
② 間接強制を行っても,債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき
③ 子の急迫の危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき
に該当するときでなければできないと規定されました(法174条第2項)。
*改正前のハーグ条約実施法で採用されていた間接強制前置は取られず,一定の場合には間接強制をせずに直接的な強制執行を申し立てることができることになりました。
債務者の審尋
また,Ⅰの決定をする場合は,債務者を審尋しなければなりません(法174条第3項)。
ただし,子に急迫した危険があるときその他の審尋をすることにより強制執行の目的を達することができない事情があるときは,審尋を要しないものとされています(同条第3項但書)。
執行の実施条件
債務者「同時存在」不要
ハーグ条約実施法の「同時存在の原則」には上記のような弊害がありましたので,改正民事執行法では,執行時の子の債務者との同時存在の要件は不要とされましたが,他方で子が混乱や不安を感じること避けるために,原則として債権者本人の出頭が必要とされました(法175条5項)。
債権者本人が出頭することができない場合でも,債権者の申立てによって,裁判所は,代理人が債権者に代わって出頭すれば,執行官が債務者による子の監護を解くために必要な行為をすることができる旨の決定をすることができます(同条6項)。代理人の出頭は,当該代理人と子との関係,当該代理人の知識及び経験その他の事情に照らして子の利益の保護のために相当と認めるときに認められます。
*代理人は,子への心身への影響を最小限にとどめる観点から,子との関係において債権者に準ずる立場にあることが必要である(例えば,この祖父母,おじ・おば等)と考えられています。
執行場所
執行場所については,「債務者の住居その他債務者の占有する場所」において,(債務者による子の監護を解くために)必要な行為をすることができるものと定められています(法175条第1項)。
もっとも,子の心身に及ぼす影響,当該場所及びその周囲の状況その他の事情を考慮して相当と認めるときは,債務者の占有する場所以外の場所においても,当該場所の占有者の同意を得て,必要な行為をすることができるとされています(同条第2項)。
さらに,占有者の同意がないときでも,一定の場合には裁判所の許可を得て,必要な行為ができます。裁判所の許可を得ることができる要件は,
- 子の住居であること
- 債務者と当該場所の占有者との関係,当該占有者の私生活又は業務に与える影響その他の事情を考慮して相当と認められること
です(同条第3項)。