民事執行法改正~子の引渡しの強制執行

改正前の実務の状況

国内の子の引渡しに関してはこれまで法律に明文の規定がなく,「動産」の引渡しに関する規定を類推適用することによって工夫をしながら対応してきたという実務状況にありました。

そのような中,国際的な子の連れ去りに関して,我が国が「ハーグ条約(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約)」を締結し,その実施のために,平成26年4月1日から「ハーグ条約実施法(国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律)」が施行されました。

ハーグ条約は,国境を越えた子の連れ去り等は子の利益に反すること,どちらの親が子の監護をすべきかの判断は子の元の居住国で行われるべきであるとする考えから,まずは原則として子を元の居住国へ返還することを義務付けています。ハーグ条約実施法は,ハーグ条約の実施に必要な国内手続等を定めるもので,この中で子を常居所地国に返還するための執行手続が定められています。子の返還を命じる裁判所の決定を強制的に執行する手続として,改正前の実施法では,代替執行の前に間接強制を行う必要間接強制前置)があり,執行を行う場所に,子と共に債務者(子の引渡しや返還をしなければならない人)がいる必要がありました(「同時存在の原則」といいます。)。

ハーグ条約実施法が施行されたことは,国内の子の引渡しの実務にも影響を与えました。国内の子の引渡しに関しては明文の規定がなかったため,国内での子の引渡しに関する規定の必要性が強く意識されるようになりました。また,それまでは,国内の子の引渡しは,保育園や学校において,債務者がいないところでの直接強制も実施されていましたが,ハーグ条約実施法で「同時存在の原則」が採用されていたため,事実上執行官が債務者のいるところで子の直接強制の執行をする運用がなされ,そのため執行不能となる例が多くなったと言われています。

ハーグ条約の「同時存在の原則」は,債務者にできる限り自発的に子の監護を解かせ,債務者の協力を得て返還を実施することが子の利益にかなうと考えられたことや,債務者不在の場で子を連れ出すことを認めると子が恐怖や混乱を感じることが想定されることが理由とされていました。しかし,これが国内事案にも大きな影響を及ぼした結果,債務者立ち合いの下で子がいたずらに葛藤する状況に置かれたり,債務者不在のために執行不能となったり(債務者が子と一緒に所在しないことによって執行を免れることができてしまう),早朝・深夜の執行を余儀なくされたりして,強制執行の実効性を大きく損なうことになったという批判がありました。ハーグ条約に基づく子の返還においても,強制執行が執行不能に終わる例が大半となっていました。

そこで,今回の民事執行法改正では国内での子の引渡しに関する規定を置くとともに,ハーグ条約実施法についても,上記のような不都合を回避するための法改正がなされることになりました。改正にかかる法律は令和2年4月1日から施行されています。

改正民事執行法における強制執行手続

(ポイント)
・子の引渡しの強制執行は,間接強制または直接的な強制執行の方法による
・執行機関は裁判所とし,執行裁判所の決定に基づいて,執行官が子の監護を解くために必要な行為をする
・直接的な強制執行は
① 間接強制の決定が確定してから2週間を経過したとき
② 間接強制を行っても,債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき
③ 子の急迫の危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき
に申し立てできる
・直接的な強制執行を決定する前には債務者の審尋が必要

子の引渡しの強制執行の方法

国内の子の引渡しに関して,民事執行法174条以下に,明文の規定が置かれました。

子の引渡しは,
 執行裁判所が決定により執行官に子の引渡しを実施させる方法(直接的な強制執行
または
 間接強制による方法
のいずれにより行うこととされました(法174条第1項)。

直接的な強制執行手続の流れ

  1. 債権者から執行裁判所に対し,子の引渡しの強制執行の申立てを行う
  2. 執行裁判所が,要件充足を確認したうえで執行官に対し債務者による子の監護を解くために必要な行為をすべきことを命ずる旨の決定をする
  3. 執行官が,この決定に基づき,債権者の申立てにより,執行の場所に赴き,債務者による子の監護を解いて,その場所に出頭している債権者(もしくは代理人)に子を引き渡す

*従前,国内事案で子の引渡し決定を得た場合,直ちに執行官に対して執行申立てを行っていましたが,改正法施行後は執行裁判所に対して,子の引渡しの強制執行を申し立てることになります。

直接的な強制執行の申立要件

直接的な強制執行の申立ては,

① 間接強制の決定が確定してから2週間を経過したとき
② 間接強制を行っても,債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき
③ 子の急迫の危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき

に該当するときでなければできないと規定されました(法174条第2項)。

*改正前のハーグ条約実施法で採用されていた間接強制前置は取られず,一定の場合には間接強制をせずに直接的な強制執行を申し立てることができることになりました。

【保全処分について】
 審判前の保全処分の申立によって直接的な強制執行を行う場合,その債務名義が送達されてから2週間以内に「執行に着手」しなければならないという期間制限があります(家事事件手続法109条3項,民事保全法43条2項)。
間接強制を経たうえで直接的な強制執行の申立てをする場合,直接的な強制執行の申立時にはこの2週間を経過してしまう可能性がありますが,〈緊急性に基づいて仮に一定の法律関係を定める〉という保全処分の趣旨からは,間接強制が先行してこれが奏功しなかった場合でも,送達から2週間を経過していれば直接的な強制執行の申立ては許されないと考えられているようです。
もっとも,子の引渡しの保全処分が認容される場合は,上記要件②の「間接強制を行っても,債務者が子の監護を解く見込みがあるとは認められないとき」または③「子の急迫の危険を防止するため直ちに強制執行をする必要があるとき」の要件を満たすことが多いと考えられます。

債務者の審尋

また,の決定をする場合は,債務者を審尋しなければなりません(法174条第3項)。

ただし,子に急迫した危険があるときその他の審尋をすることにより強制執行の目的を達することができない事情があるときは,審尋を要しないものとされています(同条第3項但書)。

執行の実施条件

債務者「同時存在」不要

(ポイント)
・債務者がいない場での引渡しでもよくなった:「同時存在の原則」の排除
債権者の出頭が必要
裁判所の決定があれば代理人の出頭でもOK

ハーグ条約実施法の「同時存在の原則」には上記のような弊害がありましたので,改正民事執行法では,執行時の子の債務者との同時存在の要件は不要とされましたが,他方で子が混乱や不安を感じること避けるために,原則として債権者本人の出頭が必要とされました(法175条5項)。

債権者本人が出頭することができない場合でも,債権者の申立てによって,裁判所は代理人が債権者に代わって出頭すれば,執行官が債務者による子の監護を解くために必要な行為をすることができる旨の決定をすることができます(同条6項)。代理人の出頭は,当該代理人と子との関係,当該代理人の知識及び経験その他の事情に照らして子の利益の保護のために相当と認めるときに認められます。

*代理人は,子への心身への影響を最小限にとどめる観点から,子との関係において債権者に準ずる立場にあることが必要である(例えば,この祖父母,おじ・おば等)と考えられています。

執行場所

(ポイント)
執行場所は,
・債務者の住居その他債務者の占有する場所
・相当な理由があるときは,債務者の占有する場所以外でも,占有者の同意があれば可
・子の住居かつ相当な理由があれば,占有者の同意がなくとも裁判所の許可を得て執行可(同条3項)

執行場所については,「債務者の住居その他債務者の占有する場所」において,(債務者による子の監護を解くために)必要な行為をすることができるものと定められています(法175条第1項)。

もっとも,子の心身に及ぼす影響,当該場所及びその周囲の状況その他の事情を考慮して相当と認めるときは,債務者の占有する場所以外の場所においても,当該場所の占有者の同意を得て,必要な行為をすることができるとされています(同条第2項)。

さらに,占有者の同意がないときでも,一定の場合には裁判所の許可を得て,必要な行為ができます。裁判所の許可を得ることができる要件は,

  • 子の住居であること
  • 債務者と当該場所の占有者との関係,当該占有者の私生活又は業務に与える影響その他の事情を考慮して相当と認められること

です(同条第3項)。