お金を払ってくれるまでこの物は返しませんよ,といえる権利

◆ 自転車屋さんが,自転車を修理したのに,修理を頼んだ人が修理代金を払ってくれない場合,修理代金を払ってくれるまで自転車は返しませんよ,ということができます。

ただ,この場合,自転車屋さんはその自転車を自分の財産より注意して保管しなければなりませんし,所有者の承諾なく勝手に乗り回したりしてはいけません。もし,保管のために費用がかかった場合は,それを所有者に払わせることができます。

この点を詳しくみていってみましょう。

留置権とは

自転車の修理を頼まれた修理屋さんが,修理代金を払ってくれるまで自転車は返さないよ,と自転車を留置することができる権利を,「留置権」といいます。
留置権とは,他人の物を占有している者が,その物に関して生じた債権を有する場合に,その弁済を受けるまでその物を留置することができる権利です。

留置権は法定担保物権のひとつで,民法295条以下に規定されています。

留置権の成立要件

留置権が成立するためには以下の4つの要件が必要です。

債権と物との牽連性(けんれんせい)

「牽連性」というのは,「その物に関して生じた債権」(民法295条1項)である必要があるということです。

たとえばこんな場合にも留置権は認められます。

  • 家屋の賃借人が居住中に必要費有益費(民法608条)を支出した場合に,その費用償還請求権を担保するためにも家屋を留置することができます。つまり費用償還を受けるまで家屋の返還を拒否することができます。
  • 借地借家法13条1項の建物買取請求権を行使した場合の代金請求権をもって,建物のみならず敷地も留置することが認められています(判例)。

こんな場合は否定されています。

  • 借地借家法33条1項の造作買取請求権をに基づく代金債権をもって,建物を留置することは認められません
  • 敷金返還請求権を被担保債権とする家屋の留置も認められていません(家屋明渡が先履行)。

債権が弁済期にあること

弁済を受ける債権については弁済期にある必要があります(民法295条1項但書)。
*弁済期がまだ先なのに,物を留置しておくことはできません。留置権は法定担保物権のひとつであり,物を留置することにより間接的に履行を強制する制度だからです。

他人の物を占有していること

他人の物を占有することで初めて留置する(とどめておく)ことが可能となります。

占有が不法行為によって始まったのではないこと

占有が不法行為によって始まった場合には,留置権を認めてその債権を保護する必要がないからです(民法295条2項)。

留置権の効力

留置的効力

留置権の基本的な効力です。被担保債権の弁済を受けるまで,目的物の占有を継続することができます。

果実収取権

留置権者は,留置物から生じる果実がある場合には,それを収取して,他の債権者に先立って自分の債権の弁済に充てることができるとされています(民法297条1項)。

果実を自分のものにできるわけではありません。弁済に充当できるだけです。

保管義務

留置権者は,留置した物を「善良な管理者の注意をもって」保管しなければなりません(民法298条1項)。
*「善良な管理者の注意」というのは,「自己の財産に対するのと同一の注意」や「自己のためにするのと同一の注意」と比べて,より高い程度の注意義務をいいます。
・また,債務者(所有者)の承諾がなければ,留置物を使用したり,賃貸したり,担保に供したりすることはできません(同条2項)。ただし,その物の保存に必要な使用をすることはこの限りではありません(同条項但書)。

費用償還請求権

留置権者が,留置物について必要費有益費を支出した時は,費用償還請求ができます(民法299条1項・2項)。
*有益費を支出した場合は,これによる価格の増加が現存する場合に限って,所有者の選択に従い,その支出した金額または増加額を請求できるという条件がついています。また,裁判所は,所有者の請求によって,この支払に相当の期限を許与することもできます(同条2項)。

 

◆ 不動産の賃借人が,必要費または有益費の償還請求のために留置権を行使する場合,借りていた家屋にそのまま住み続けてもよいのでしょうか。家屋の返還を拒否できるとはいっても,そのまま住んでもいいのか?債務者(大家)の承諾がないと使用できないのではないか?
この点,「賃貸中と同一の態様で建物の占有・使用を継続することは,特段の事情のない限りは,留置権者としての権原内の適法な行為といえる」と判示した判例があります(最高裁昭和47年3月30日)。したがって,物の保存に必要な行為として住み続けることはできますが,賃料相当額不当利得返還請求の対象となります。住んでもいいけれど,タダで済み続けることができるわけではないということです。

そうすると,例えばですが,賃借人が,雨漏り修理に20万かかっていたとして,その借家の賃料も月額20万円だったとします。賃貸借契約が合意で解除されましたが,賃借人が雨漏り修理代(必要費)を賃貸人に請求して家屋を留置している場合,1か月たつと賃料相当月額20万円の不当利得が生じます。これをどちらかからでも相殺して,どちらの支払義務もチャラ(というか相殺)して終わらせることはできるのでしょうか。
この点についてはっきり書いてあるものは発見できなかったのですが,両者の債務は同種の金銭債務で,お互いが自己の債権を請求していて弁済期にあれば,相殺は可能かと思います。