遺留分②-遺留分侵害額請求権

遺留分侵害額請求権とは

遺留分侵害額請求権とは,自己の遺留分が侵害されている場合に,受遺者ないし受贈者に対し,遺留分侵害額に相当する金銭の支払いを請求することができる権利です(民法1046条)。

相続法が改正される前は「遺留分減殺請求権」といいましたが,この権利の行使は物権的効力を有するとされていました。つまり,遺留分減殺請求権の行使によって,侵害行為(贈与・遺贈)の効力が消滅し,目的物上の権利は当然に遺留分権利者に復帰するものと考えられていました。

しかし,遺留分減殺請求権の行使によって共有状態が生じることが多く,これが円滑な事業承継の支障となるなどの指摘があり,改正により,遺留分侵害額請求権の行使によって生じる権利は,侵害額に相当する金銭の給付を目的とする金銭債権とされ,制度が大きく変更されました(物権的効力を否定し,金銭債権化されました)。

遺留分侵害額請求権の行使

遺留分侵害額請求権は形成権であり,意思表示の方法によって行使すると,遺留分侵害額に相当する金銭債権が発生することになります。
*この意思表示は遺留分侵害額(金額)を具体的に示してする必要はありませんし,訴えによる必要もありません。

遺留分侵害額

遺留分侵害額は,以下のように算出されます(民法1046条2項)。
遺留分侵害額
遺留分額から,
① 遺留分権利者が受けた特別受益の額控除し,
② 遺産分割の対象財産がある場合に遺留分権利者が具体的相続分に応じて取得すべき財産の価額控除し,
③ 遺留分権利者が負担する債務の額(遺留分権利者承継債務の額)を加算します。

上記計算式が理解しにくい方は,
遺留分侵害額
遺留分額ー{ 遺留分権利者が相続によって得た財産額(②)-相続債務の額(③) }ー特別受益額(①)
と考えるとよいと思います。

寄与分は,家裁の審判によってはじめてその有無及び額が決定されるものなので,寄与分による修正は行われません

  • ②について,
    遺産分割が終了しているか否かにかかわらず,具体的相続分に応じて遺産を分配したとした場合に取得できる遺産の価額を控除します。ただ,(法定相続分ではなく)具体的相続分をもとにするといっても,寄与分は考慮されないので,遺留分権利者が得た特別受益が考慮されるだけです。
  • ③について,
    相続人のうちの1人について財産全部を「相続させる」旨の遺言がされた場合は,相続人は当該相続人に相続債務を相続させる意思があったとみるべきなので,この場合,遺留分権利者が相続によって負担すべき債務の額はゼロとなります。したがって,遺留分侵害額の算定において,遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を,遺留分の額に加算することはできません

遺留分侵害額請求の相手方

相手方

遺留分を侵害された者は,遺留分を侵害する受遺者受贈者及びその包括承継人に対して,遺留分侵害額請求権を行使できます(1046条1項)。特定財産承継遺言により財産を承継した相続人又は相続分の指定を受けた相続人も,受遺者に含まれます。

受遺者と受贈者の負担額

負担額の上限

・受遺者・受贈者は,その受けた遺贈又は贈与の目的の価額を限度として遺留分侵害額を負担します(1047条1項柱書)。
・受遺者・受贈者が相続人である場合は,遺贈又は贈与の目的物の価額かららの遺留分の額を控除した額を限度として,遺留分侵害額を負担します。

負担の順序と負担額

  • 受遺者と受贈者がいるときは,受遺者が先に負担します(1047条1項1号)。
  • 複数の受遺者がいる場合は,遺贈の目的物の価額に応じて負担します(同条1項2号)。
  • 複数の受贈者がおりその贈与が同時になされた場合は,贈与の目的の価額に応じて負担します(同条1項2号)。
  • 複数の受贈者がいる場合は,新しい贈与を受けた者から順次負担します(同条1項3号)。
  • 受遺者・受贈者の無資力によって生じた損失は,遺留分権利者の負担となり,他の受遺者・受贈者に支払請求をすることはできません(同条4項)

具体例

被相続人=X(夫)
相続人=Y(妻),A(長男),B(次男),C(長女)

Xは,「現金(3000万円)はY(妻)に,自宅不動産(相続時の評価額5000万円)はA(長男)に相続させる」との遺言を残して死亡した。その余の財産及び債務はなかったが,Xは生前,B(次男)が家を建てる際に1200万円を援助(贈与)し,C(長女)の婚姻時に400万円を贈与していた。*B,Cへの贈与はいずれも相続開始前10年以内になされたものであり,特別受益にあたるものとします。
この場合,誰が誰に遺留分侵害額請求権を行使していくらの支払いを求めることができるでしょうか。

遺留分算定の基礎財産は,
3000万円+5000万円+1200万円+400万円=9600万円となります。
個別的遺留分の額は,
Y=9600万円 × 1/2 × 1/2 = 2400万円
A,B,C=9600万円 × 1/2 × 1/6 = 800万円
Y,A,Bは遺留分以上の額を遺贈ないし生前に贈与されていますので,遺留分を侵害されていません。
Cの遺留分侵害額は,Cの遺留分額800万円から,Cが受けた特別受益の額400万円を控除した400万円となります。
Y,A,Bは遺贈又は贈与の目的物の価額から自らの遺留分の額を控除した額を限度として,遺留分侵害額を負担しますので,負担額の上限はそれぞれ,
Y 3000万円ー2400万円=600万円
A 5000万円ー800万円=4200万円
B 1200万円ー800万円=400万円 となります。
受遺者(Y,A)と受贈者(B)がいる場合は受遺者が先に侵害額を負担しますので,YとAが負担することになります。
複数の受遺者がいる場合は遺留分を超過する価額の割合で負担しますので,Y,Aそれぞれの負担額は,
Y 400万円 × (600万円/4200万円+600万円)=50万円
A 400万円 × (4200万円/4200万円+600万円)=350万円
となります。
Cは,遺留分侵害額請求権を行使して,Yに対して50万円,Aに対して350万円を請求できることになります。

裁判所による期限の許与

遺留分侵害額請求を受けた受遺者・受贈者の請求により,裁判所は,金銭債務の全部または一部の支払いについて相当の期限を許与することができることが規定されました(1047条5項)。
*裁判所が期限を許与すると,弁済期が変更されたことになり,その期限内は金銭債務について履行遅滞に陥りませんので,遅延損害金は発生しません。

行使の制限(重要)

遺留分侵害額請求権は,遺留分権利者が,相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から1年行使しないときは,時効により消滅します(1048条前段)。
また,相続開始時から10年を経過した場合も,消滅します(除斥期間。1048条後段)。