民法改正~賃貸借

賃貸借に関する改正は,大まかに,

  • 従前の解釈ないし判例法理を明文化したもの
  • 改正法により変更されたもの,新たに規定されたもの

に分けられます。
簡単に表にまとめると以下のようになります。
*緑色の条文は,不動産賃貸借についての条文です。

〈従前の解釈ないし判例法理を明文化したもの〉

条文 内容
601 目的物の返還義務 賃貸借は,
・当事者の一方が物の使用及び収益を相手方にさせること
・相手方がこれに対してその賃料を支払うこと
賃貸借が終了した時に賃借物を返還すること(改正法で追加)
を約することによって,効力を発する
605の2 賃貸人たる地位の移転 対抗要件を備えた賃貸不動産が譲渡された場合,賃貸人たる地位は譲渡人から譲受人に当然に移転する(譲渡人・譲受人間で移転させる合意不要賃借人の承諾不要
605の3 合意による賃貸人たる地位の移転 賃借権の対抗要件を備えていない賃貸不動産が譲渡された場合,譲渡人と譲受人の合意により,賃借人の承諾を要することなく,賃貸人たる地位を移転させることができる
605の4 対抗要件を具備した賃借人による妨害停止請求等 対抗要件を備えた賃借人は,不動産の占有を妨害する第三者に対し妨害停止請求,不動産を占有している第三者に対し返還請求ができる【不動産賃借権の物権化
613 転貸の効果 ・転借人は,原賃貸借に基づく賃借人の債務の範囲を限度として,賃貸人に対し債務を履行する義務を負う
・賃貸人は賃借人との間の賃貸借契約を合意解除したことを賃借人に対抗できない
616の2 全部滅失等による賃貸借の終了 賃借物全部が滅失その他の事由によって使用収益できなくなった場合は,賃貸借契約は終了する
621 原状回復義務 賃貸借が終了した時は,(a)賃借人が賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷については賃借人が原状回復義務を負うが,(b)通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗や賃借物の経年変化については原状回復義務を負わず,また,(c)賃借物の損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるときは原状回復義務を負わない
622・599Ⅰ 収去義務 賃借人が賃借物に付属させた物は,賃貸借が終了時に,賃借人は収去義務を負う
622の2 敷金 ・定義:いかなる名目によるかを問わず,賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で,賃借人が賃貸人に交付する金銭
・賃貸借が終了しかつ賃貸物を明け渡した時,ないし,賃借人が適法に賃借権を譲渡したときに,返還義務が生ずる
・受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の債務額を控除した残額を返還する

 

〈改正法により変更されたもの,新たに規定されたもの〉

条文 内容
602 短期賃貸借 ・「処分につき行為能力の制限を受けた者」の文言削除
・短期賃貸借に掲げる期間を超える約定をした場合→法定の期間を超える部分のみを無効
604 存続期間 上限伸長(改正前20年→改正後50年
605 不動産賃貸借の対抗力 登記をした不動産の賃貸借は,不動産について物権を取得した者「その他の第三者」に対抗できる=物権を取得した者ではない対抗関係にある第三者にも対抗できる(二重賃貸の場合等)
605の2 賃貸人たる地位の移転の留保 賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨」+「その不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨」の合意をした場合→賃貸人たる地位は譲受人に移転せず。この場合,譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は,譲渡人と譲受人間の賃貸借終了時に(当然に)移転する
607の2 賃借人の修繕権 ・賃貸人に修繕の必要性を通知し,または,賃貸人がその旨を知ったにも関わらず,相当の期間内に修繕しない場合
・急迫の事情がある場合
→賃借人が修繕できる
611Ⅰ 一部滅失等による賃料の減額 賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合には,賃料は,請求をしなくとも当然に減額される
611Ⅱ 一部滅失等による契約解除 一部滅失等によって使用収益をすることができなくなり,契約の目的を達することができないときは,(賃借人の責めに帰すべき事由による場合であっても)契約の解除をすることができる

 

重要なものをいくつかピックアップして解説したいと思います。

賃貸人たる地位の移転【不動産の賃貸借】

賃貸借の対抗要件を備えた賃貸不動産が譲渡された場合における賃貸人たる地位について,判例に従い,原則として,賃貸人たる地位は譲渡人から譲受人に移転する(605条の2第1項)としたうえで,不動産の譲渡人及び譲受人の合意により,例外的に賃貸人たる地位が譲受人に移転しないことを認めています(同条第2項)。

資産の流動化等を目的として賃貸不動産の譲渡が行われる場合に,賃貸人になることには関心のない譲受人が多数の賃借人との間で賃貸借契約が発生することを避けるためには,多数の賃借人から個別に賃貸人たる地位を留保する旨の同意をとりつけなければならず,多大な労力を要していました。
そこで,改正法では,不動産の譲渡人と譲受人の間で賃貸人たる地位を譲渡人に留保する旨の合意をし,かつ,その不動産を譲受人が譲渡人に賃貸する旨の合意をした場合には,賃貸人たる地位は譲受人に移転しないものとされました(605条の2第2項前段)。
この場合,譲渡人に留保されていた賃貸人たる地位は,譲渡人と譲受人間の賃貸借終了時に(当然に)移転するものとされています(同条同項後段)。

不動産の譲渡に伴って賃貸人たる地位を承継した譲受人が,賃借人にこれを対抗するためには,当該不動産の譲渡にかかる所有権の移転登記をしなければ,賃借人に対抗できないとしています(605条の2第3項)。

不動産の譲渡に伴って賃貸人たる地位が移転した場合における費用償還債務敷金返還債務については,譲受人に承継されます(605条の2第4項,605条の3後段)。

賃貸借の対抗要件を備えていない賃貸不動産が譲渡された場合,賃借人の承諾を要せず譲渡人と譲受人の合意のみで賃貸人たる地位を譲受人に移転することができる旨も定められました(605条の3)。

賃借物の修繕

賃貸人による修繕等(606条)

賃貸人が賃借物の修繕義務を負っていることは改正前民法から定められているとおりですが,改正法のもとでは解釈が分かれていた賃借人の責めに帰すべき事由によって修繕が必要となった場合について,賃貸人は修繕義務を負わないとしています(606条1項但し書)。

賃借人による修繕(607条の2)

改正法では,賃借人による修繕権が定められました。

  1. 賃貸人に修繕の必要性を通知し,または,賃貸人がその旨を知ったにも関わらず,賃貸人が相当の期間内に修繕しない場合
  2. 急迫の事情がある場合

賃借人が修繕できます

なお,この規定に従って賃借人が修繕を行った場合,賃貸人がその修繕について義務を負っていた場合は,賃借人は賃貸人に必要費の償還を請求することができます(608条1項)。

賃借物の一部滅失等による賃料の減額等(611条)

改正前民法611条1項は,その文言上は賃借物の一部が滅失した場合に賃借人に賃料減額請求を認めていましたが,改正法においては,賃借物の一部が滅失した場合に限らず,「賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合」には,賃料は,請求をしなくとも当然に減額されるとしています(611条1項)。

賃借物の一部滅失等によって使用収益をすることができなくなり,契約の目的を達することができないときは,賃借人の責めに帰すべき事由による場合であっても契約の解除をすることができるとしています(同条2項)。
*改正前民法では,賃借物の一部滅失につき賃借人に過失があるときは,賃借人は,たとえ契約の目的を達することができなくとも,契約の解除はできない条文の定め方になっていました。

賃借人の原状回復義務(621条)

賃貸借が終了した時は,

(a) 賃借人が賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷については賃借人が原状回復義務を負うが,

(b) 通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗や賃借物の経年変化については原状回復義務を負わず,

また,(c) 賃借物の損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるときは原状回復義務を負わない旨が明文化されました。

敷金(622条の2)

実務において不動産賃貸借契約に伴って差し入れられている「敷金」について,改正法では新たに款を設けて規定が置かれました。

敷金の定義として,「いかなる名目によるかを問わず,賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で,賃借人が賃貸人に交付する金銭」と定めました(622条の2第1項)。
* この要件にあてはまれば,当事者間で「保証金」や「権利金」と呼んでいたとしても,民法上の「敷金」にあたることになります。

敷金の返還義務は,

  • 賃貸借が終了しかつ賃貸物を明け渡したとき
  • 賃借人が適法に賃借権を譲渡したとき

に,生じます。

また,返還すべき敷金の額は,受け取った敷金の額から賃貸借に基づいて生じた賃借人の金銭債務の額を控除した残額とされています。

賃貸人は敷金を賃借人の債務に充当できますが,賃借人からは敷金を債務の弁済に充てることを請求することはできないことも明文化されました(同条2項)。

その他

(1)賃借人の用法違反による賃貸人の損害賠償請求権については,賃貸人が賃貸物の返還を受けた時から1年を経過するまでは,消滅時効の完成が猶予されています(622条・600条2項)。

(2)保証に関する改正は,こちら(民法改正~保証)をご参照ください。

経過措置

改正法は,施行日(2020年4月1日)後に締結された契約について適用されます。
ただ,施行日前に締結された契約でも,賃貸借の存続期間の更新に関する規定(604条第2項)は,施行日以後に更新されるとき,不動産の賃借人による妨害停止等請求権に関する規定(604条の4)については施行日以後に妨害等があったときにも適用されます。